「ナマエッ」 シンシアが私の方を向く。その顔に浮かべられた、恐怖と、――瞳の奥に隠された、覚悟。 「……わかってるよ、シンシア……」 来たるべき時が、ついに来てしまった。恐怖だけが私の身体を襲う。 「お別れ、かもしれないわね」 シンシアは、誤魔化すかのように笑みを浮かべた。私の身体に、悲しみが湧き上がる。 「や、やめてよ、シンシア……もしかしたら、魔物たちが凄く弱くて、倒せるかも……」 「ナマエ」 落ち着いた声に遮られて、私は喉から息が出なくなる。 「……ソロを、守りきるのよ。いいわね」 シンシアの青い瞳に見つめられたけれど、私は素直に首を縦に振ることができなかった。 「こっちです!」 「お、おい、離してくれよ! 何が何だか、さっぱり……!」 私の義父に連れられて、ソロの家から彼が出てきた。ソロの顔は、状況を理解できない、という困惑の感情に塗れている。 ソロがこちらに連れてかれてきた。 「シンシア、ナマエ……」 「ソロ! あなたにもしものことがあったら、私……。とにかく隠れて! 私たちもすぐに行くから!」 「おい、何を……」 ソロが困惑したように顔を歪めるが、私の義父は構わず彼の腕を引っ張った。 私たちはソロが地下室へと消えていく様子を見送ると、どちらともなく合図を送った。 「いくわよ、覚悟はいい? ――ナマエ」 「……ええ、わかってる。……シンシア……」 「急いで」 シンシアは私の腕を掴み、走った。私は、村の様子を伺う。――花畑。小さな家。森。私たちの愛する村が、消えてしまうかもしれない。 シンシアの桃色の髪が揺れる。羽帽子が揺らめく――。彼女から感じられる、覚悟の匂い。私にはそれが、あるのだろうか。 地下室で、剣士のおじさんとすれ違った。彼の顔からも、覚悟が溢れている。剣士は私たちを一瞥すると、あとは頼む、と言うかのように会釈をした。 隠されていた、扉を開ける。この扉を開けたのは、一体いつぶりなのだろうか? 暗く、埃に塗れている。 「……シンシア? ナマエ?」 ソロは状況を全く理解出来ていなかった。ただ呆然と座り込んでいただけ。だが、私たちを見て、なんとか気を取り戻したかのように立ち上がる。そんな彼の前に、シンシアは立った。私とソロの方を向いて、シンシアは微笑む。 「ソロ……。ナマエ……。今まであなたたちと一緒に遊べて、とても楽しかったわ……」 おい、何を、とソロが動揺する。そして私は、これから起こるであろうことを予想し、泣きそうになるのを必死で堪えた。――私が泣くわけには、いかない。 「でも大丈夫。私とナマエがあなたを守るから。ソロ、あなたを殺させはしないわ」 そう言ってシンシアは、モシャスを唱えた。 そこから先のことは、永遠のようにも思えた。外から戦う音が聞こえる。誰かが死ぬ悲鳴が聞こえる――。 「さようなら、ソロ」 そして――ソロの姿を模したシンシアは、微笑みながらその場を立ち去った。まるで、ソロを守れるのが嬉しくて仕方がない、と言わんばかりに。 「あとは頼んだわよ、ナマエ」 私は、今度こそ頷いた。私の使命は、ここで果たさなければならないのだ。 ソロは目の前の出来事が理解できず、ただ呆然としていたように見えた。このままソロを独りで放置させていればソロは呆然として外に出ようとしなかったかもしれないが、ドアの前に立つ私を見て、幾分か冷静さを取り戻したらしい。 「ナマエ、そこをどいてくれ。シンシアを……助けなければ! 俺の代わりに……勇者の、代わりに!? シンシアが死ぬなんて……あってはならねえ!」 ソロはどうやら、既に剣士から自分のことを聞いたらしい。勇者の顔は悲痛に満ちている。 「……ダメだよ、ソロ」 私は扉を塞ぐように、両手を広げた。ソロの顔が歪む。 「……なんでだ? そこをどけろよ! ナマエ! シンシアを……みんなを、助けるんだ!」 「……ダメなの」 そこで、堪えきれなかった涙が零れた。足が震えて上手く立てなくなるが、それでも絶対に扉の前から動かない。 「私の使命は……ここから勇者を外に出さないこと……。あなたを、絶対に外に出してはいけないの。全てが終わるまで、あなたを守りきる。たとえ私が――あなたに殺されることになろうとも」 声が震え、ソロには全て伝わっていないかもしれない。上手に立てていない私をソロは睨んでいる。その絶望的な表情の裏に込められた感情はよくわからない。だけど、ソロの力だったら、私を退けることくらい造作もないことだ。そしてソロは、外に出てしまうかもしれない。 それを防ぐために、私はある呪文を、自分とソロにかけた。この日のために、一生懸命覚えた呪文。ソロの身を守るため、覚えた呪文―― 「アストロン」 私が呟くと、ソロと私の身体は鉄の塊になった。ソロも私も、身動きを取ることができなくなる。ソロの顔は絶望に満ちていて、私をどかそうと手を伸ばした所で止まっていた。 こうすれば、私もソロも、身動きをとることは出来ない。勿論、ソロが地下室から外に出ることもない。万が一地下室に魔物が入ったとしても、ドアの前に鉄の塊があるので、開けることはできない―― 私は、これでソロを守れた、と安堵した。 同時に、外から聞こえる激しい戦いの音を聞いて、もう日常は終わってしまうんだな、と絶望した。 永久に石になっているような気がした。戦いは終わらない気がした。私たちはもう、鉄のまま一生を終えるのか、と馬鹿みたいな錯覚を起こした。 それでも、容赦なく終わりはやってくる。 私たちにかかっていた呪文が解けた。私は膝から崩れ落ち、ソロは疲れたように蹲る。――もう、外に出ても無駄だとわかったのだろう。 地下室の沈黙に同調するかのように、突然外から騒音が聞こえなくなった。そして同時に聞こえてきたのは、――最悪の知らせ。 「デスピサロさま! 勇者ソロを仕留めました!」 「よくぞでかした! ではみなのもの、引き上げだ!」 ソロと私は、息を呑んだ。ソロは信じられないものを見たかのように目を見開き、私は想定しうる最悪の事態が起こったことをようやく実感し、ただ嗚咽を漏らしたのだった。