それから、しばらく月日が経ったある日のこと。 私がいつも通りソロとシンシアと遊んで帰ってきたら、今までほとんど使ったことのないお客様用のベッドで、見知らぬ男が寝ていた。一瞬湧き上がった困惑と違和感、そしてそれから猛烈に悪い予感に襲われ、男の顔を見ず、すぐに育ての父のもとに向かう。 「と、義父さん……っ! あの人は一体……?」 私はビクビクしながら宿屋の主人に話しかけた。村の掟で、外部から人を入れてはいけないと決まっている。まあ、その掟破りが私なのだけれど。 義父は笑顔で、私を諭した。だけど、笑顔に隠しきれていない不安がそこにある。 「この村に迷い込んできたみたいなんだ……。夜も遅いし、つい助けてしまったけど……。でも、心配ないよ。きっと大丈夫だ」 「でも、あの人が本当に災いをもたらしたら、大変なことに……」 私はチラリ、と奥の方にいる男を一瞥した。――多分、もう寝ている。多少ここで話をしていても聞こえないだろう。 「……大丈夫だよ。迷い込んできたのはあの人ひとりだった。それに、ナマエの時も最初は警戒していたけど、大丈夫だった、そうだろう?」 そう諭されてしまえば、掟破りの張本人である私は押し黙るしかない。納得出来ない私に、義父は微笑んだ。 「さあ、ナマエも今日は疲れただろう。夕食をとって、早めに休むといい」 別に今日は特に疲れているというわけでもなかったが、頷いた。今日は早めに休んでおこう。 夢を見た。私の恐れていることが全て凝縮されたような夢だった気がする。恐ろしくて、泣きながら目覚めたけれど―― 目覚めた途端に、忘れてしまった。 私は起きて朝食をとったあとすぐに外に出た。あの男と顔を合わせたくなかったからだ。嫌な予感、……当たってないといいんだけど。 しかし、こんな朝早くから外に出たからといって、なにかすることがあるわけでもない。ソロもシンシアも、外に出てくるのはまだであろう。あーあ、暇だなあ、と花畑に寝転んだ。 私はここの花畑が大好きだ。素朴で、かわいらしい花がたくさん咲いている。とってもいい匂い。 ここで寝転んだらなんだかすごくいい気持ちだ。さっき起きたばかりだけれど、なんだかうとうとした気分になってくる。……嗚呼、ねむく、なってきた…………。 ……………………。 「わあ――っ!」 「!?!?」 突然大きな声と共に体を揺さぶられ、一気に覚醒する。ええと、ここはどこで、ええと、大声で私を起こして、私の目の前にいるのは……。 「し、シンシア。おは、よー……」 「おはよう、ナマエ! 朝からお寝坊さんね!」 からから笑うシンシアに、私は怒る気もしない。かなりびっくりしたけれど、まあいいか、と流す。 「だってね、花畑にこうやって寝っ転がっていると、とてもいい気持ちなんだよ」 そうして寝転がっている私を見て、シンシアも真似して寝転んだ。 「……本当! とっても気持ちいいわね」 微笑むシンシアを見て、思わずドキリとする。どこか人間離れした少女には、綺麗なお花畑がとても似合う。シンシアの桃色の髪の毛、それにのった白い羽帽子――。それを見ていると、昨日から感じている一抹の不安も、どこかへと消えていってしまうのだ。 「……何してるんだお前ら……」 「あ、ソロ。おはよう!」 二人で寝っ転がっていると、ソロがお弁当を持って現れた。ソロのお父さんにお弁当を届けに行くのだろう。 「おはよう、ソロ。こうして寝っ転がっていると、とてもいい気持ちなのよ!」 そう微笑むシンシアと、その隣で笑っている私を、ソロは半分呆れたように眺めていた。そんなソロを見て、私たちはまた笑い合う。 「……ねえソロ、ナマエ。私たち、大きくなっても、ずっとこのままでいられたらいいね!」 シンシアが突然そう言ったので、私はソロと顔を見合わせる。シンシアは微笑んだ。 「私ね、最近夢を見るの。大人になった私たちが、この村でいつまでも幸せに暮らしている夢……」 私はその光景を思い浮かべた。ソロは剣の修行や呪文の修行をして強くなりながら、畑仕事をする。本当に強くなったら、旅立たなければならないことは考えない。シンシアと私は二人で家事をしたり、ソロの仕事を手伝ったりする。――誰が誰と結婚する、なんて考えない。ただ、私たちが幸せに暮らす、そんな夢。それが実現したら、どれだけ幸せだろうか? 「私ね、この村が大好き! ナマエのことも、ソロのことも、大好き! だから……いつまでも一緒よ。ソロ、ナマエ」 シンシアは最後まで素敵な笑顔で言った。ソロが勇者である以上、そんな将来はあまり現実的ではない。いずれ旅立つ日がやってくる。けど……。シンシアが言うのなら、それも夢で終わらないような気がした。ずっと三人で暮らす。……素晴らしい日々だ。 「……うん、三人で、ずっと一緒にいようね!」 シンシアとソロになら、素直にこういうことだって言える。シンシアはニコニコしていて、ソロはさっきから少し恥ずかしそうにそっぽを向いていた。 じゃあ俺は父さんに弁当を渡してくるよ、とソロがいなくなってから、私はまた、シンシアと一緒に寝転んでいた。 「ほんとうに、三人でずっと一緒にいれたら、これ以上の幸せはないのにね」 お花畑の中で、シンシアと笑う。永遠にも思える、幸せな時間。 「……ううん! 私たちは、ずっと一緒に暮らすのよ! たとえ、何があっても……!」 そう言うシンシアは確かに笑っていたけれど、同時に泣いているようにも見えた。 神様。彼女に、こんな悲しそうな顔をさせないでください。 嗚呼、神様。もしもいるのなら、彼から、彼女から、笑顔を奪わないで。 ずっと、このままでいさせてください。ささやかな幸せを、奪わないでください。どうか、どうか……。 けれど、私たちの恐れていたことは、確実にやってくる。 運命の女神様。あなたはなんて、残酷なの。 「つ、ついにこの村が魔物達に見つかってしまった……! 皆、戦闘体型だ! そしてソロを、早く安全な場所へ!」 きっとこれは、世界一最悪な死刑宣告。この時点で私は悟ってしまった。 ああ。もう二度と、幸せな日々は戻ってこないのね、と。