13.七つの光を求めて

「あーあ、なんだか結婚式って気分じゃなくなっちゃったわ。今からでも遅くないわ、やっぱりカジノに行かない?」  四人の中にのしかかる重い空気を振り払うように、マーニャさんは軽く言った。彼女の言葉に、妹のミネアさんは怒ったような顔を見せた。 「ダメよ姉さん! 私たち、今お金もコインもないじゃない。明日食べるお金にも困っているのに!」 「えー、ソロとナマエに養ってもらえばいいじゃない」  マーニャさんは、不貞腐れたように私たちの方を見ながら言う。だから私は、慌てて言った。 「ごめんなさい、私たちもお金なんてなくて……」  私とソロは旅も始めたばかりだし、ほとんど無一文で村を出たのだ。遊ぶお金をつくる余裕なんて、どこにもなかった。  マーニャさんはどこか意外そうな顔を見せ、ミネアさんはため息を吐いた。 「あら、そうなの」 「……まあ。いずれ、お金が増えてきたら、計画的にカジノに行くのもいいかもしれませんね。カジノの景品って、結構良いものがあるんですよ」  ミネアさんがフォローした言葉に納得する。なるほど、カジノは遊び目的だけではなくて、旅に役立つものを手に入れる為にも必要なのか。それならいずれ、カジノに行ってみても良いかもしれない。……あの喧騒の中に再び入っていくのは、なんだか気がひけるけれど。 「そうよ! だから今すぐ行くべきだわ! ほら、ソロにもナマエにも、ちゃあんとゲームのやり方、教えてあげるからね!」 「計画的にって言ったでしょう?」 「……はーい、ごめんなさい」  姉妹の掛け合いがなんだか愉快で、私は重たかった空気のことも忘れ、思わず笑ってしまった。そんな私たちの様子を見て、ソロも堪えきれなかったように苦笑を零す。  そんな皆の様子を見て、思った。――もしかしたらマーニャさんは、この重い空気を振り払うためにわざと、カジノに行きたい、なんて言い出したのかもしれない。  もし、そうだとしたならば。まだ私たちは、姉妹と完全に打ち解けることはできていないのかもしれないけれど。それでもいつか、本当に打ち解けられる日が来るのかもしれない。そう信じて、今はただ、彼女の気遣いに感謝した。  結局私たちは、カジノには向かわず、とりあえず結婚式を見学することにした。さっきよりは、いくらか空気が軽くなっていて、息がしやすい。私たちはとにかく、城の中に入り、そしてコロシアムに向かった。  ブランカの城に入ったときも、私にとってはかなり大きいもののように感じたが――エンドールの城は、それに比べても段違いに大きかった。自分の小ささが身にしみて、なんだか苦かった。 「そういえば、マーニャさん、ミネアさん」  少しの間、誰も何も言わなかったけれど、急にソロが口を開いた。そして、姉妹に対してこう尋ねる。 「地獄の帝王、という存在について――何か、知っていませんか」 「え? どうしたの急に」  マーニャさんは怪訝そうな顔を見せ、ソロに聞く。だけど、マーニャさんの問いにソロが答える前に、ミネアさんがソロの問いに答えた。 「……話を聞いたことはあります。なんでも、究極の進化を遂げた生物だとか。神が封印したそうですが……その地獄の帝王が、蘇りつつあるらしいです」  この場にいる皆が、眉を顰めて黙り込む。皆が地獄の帝王について考えている内容は、同じことか、それとも違うことか。 「究極の進化……? ミネア、それってまさか!」  マーニャさんは、不意にミネアさんに聞いた。そしてミネアさんは、神妙な顔をして頷く。 「でも、もしそうだったら……」  マーニャさんが、ミネアさんと会話を繰り広げようとするけれど――私たちは、その会話についていけない。 「あの……?」  おずおずと、私は姉妹に話しかける。すると姉妹は察したのか、ハッと気づくような顔をした後に、微笑みを浮かべて言った。 「ああ、ごめんごめん。こっちの話。で、どうしてソロは地獄の帝王のことを知りたかったの?」 「それは、ブランカの王様に、地獄の帝王が蘇るのを止めろって言われたから……だよね?」 「ああ」  マーニャさんの問いに、私がソロの代わりに答え、ソロは頷いた。ソロなりに、王様から聞いた地獄の帝王について、気になっていたのだろうか。 「ふーん……」  マーニャさんは何気なく呟いた。それを見て、私は思う。  ソロと私、マーニャさんとミネアさん。私たちが一緒に旅をしていく以上、情報共有は必要なことなのだろう。彼女らは、どうして勇者を探していたのか、何故旅をしていたのか。私は知らない。同時にマーニャさんとミネアさんも、私たちのことは知らないのだ。  もっと、腹を割って話をしたほうが良いのだろう。なのに、なんだかそんな気になれないのは、やはり私たちが打ち解けられていないからなのだろうか。 「あ、着いたわよ。ここの階段を登ったところで、結婚式をやっているわ」  話をしながら、考え事に夢中でいると、目的地に着いていたことに気が付かなかった。私は、いつの間にかコロシアムに到着していたことに、マーニャさんの言葉でやっと気がついた。  見たことのないコロシアム。経験したことのない結婚式。  私は未知なる場所に行くことに、一瞬だけ躊躇した。だけど、意を決して足を踏み入れることにした。 「わあ」  そこに足を踏み入れた途端、大きな歓声が耳に入ってきた。そして眼に入るのは、今まで見たことのないくらいの数の人間。その人間たちはみな、二人の男女の姿を見守っていた。 「これは……すごいな」  後から入ってきたソロも、呆然としたように周りを見渡した。そして私たちの視線は、自然と二人の男女に向かっていった。 「ほらソロ、ナマエ、今あそこでひっついている二人が、リック王子とモニカ姫よ」  もうあの二人の顔は飽き飽きするくらい眺めてるけどね、とマーニャさんは笑う。本当に、毎日このコロシアムで結婚式が行われているらしい。  エンドールの姫とボンモールの王子とは、彼らのことだったのか。私は、少し前にブランカ姫が話していたことを思い出しながら、結婚式の様子を眺めた。 「それー! そこでキスをするんだ! ほら、肩を抱き寄せて!」  私たちの少し後ろの方で、いかつい男が大声をあげているのに気がついた。私がイメージしていた結婚式には似合わないその大声に、なんだか不思議な気分になって、私はソロになんとなく聞いてみる。 「ねえソロ、結婚式ってこういうものなのかな」 「さあ、そういうものなんじゃないか?」  二人を眺めるソロの表情は、よくわからなかった。そういうものなのかと、私もソロと同じ方向を向く。すると、ちょうどその瞬間に、姫と王子が唇を重ね合わせているのが見えた。その瞬間、わあ、と辺りに歓声が湧いたのがわかった。 「本来の結婚式とは違うような気もしますが、王族の結婚式は豪勢に行うものなのでしょうね。特に、エンドールの姫とボンモールの王子の結婚は、話題性もありますし」  ミネアさんは冷静に言ったが、私の耳には入らなかった。  結婚。それがどんなものかなんて、考えたこともなかった。だけど、目の前の結婚式の様子を眺めていると、どうしてもいろいろと考えてしまう。あの二人は、これから幸せに暮らすのだろうか。それは、私がかつて味わった、故郷での幸せな暮らしよりも、さらに幸福なものなのだろうか。  それでも、今更あれこれ考えてみたところで、何かわかるはずもなかった。もともと、結婚なんてしなくたって、私はみんなと一緒に過ごせればそれで十分幸せだった。  だけど。もう、隣にいるソロ以外は、みんないなくなってしまった。親として育ててくれた人も、親しくしてくれた人も、幼馴染も、みんな。  ふと、ソロのことを見てみた。今この状況で、ソロが何を考えているのかは、やっぱりわからなかった。 「なんか、すごかったね」 「そうだな」  私たち四人は、満足するまで結婚式を見たので、とりあえずコロシアムから出た。私とソロは、とりあえず結婚式の様子に驚いたことを共有したが、もう既に見飽きていたらしいマーニャさんとミネアさんはただ苦笑いしていた。 「じゃあ、とりあえず街に戻りましょうか。ここにいたって仕方がないわ」 「そうですね」  マーニャさんが言うので、私たちはそれに従って街に出た。だけど、城を出たは良いけれど、これからどうすべきかはわからなかった。 「でも、これからどうしたら……」  その疑問を口に出そうとしたところで、不意に人々の会話が聞こえてきた。その内容がなんだか気になってしまい、私は口を噤む。 「ネネさんの旦那さん……トルネコさんだったかしら。伝説の剣を探して旅をしているとか聞いたけれど、大丈夫なのかしらね。橋を開通したからとかどうかで、魔物に狙われているとか聞いたわ。このご時世、危険な目に遭うかもしれないのに、わざわざ旅なんてしなくても良いのにね。世界から魔物がいなくなれば別だけれど」 「そうねえ。そうそう、前に黒い雲が東の空に流れていったじゃない? そのとき、世界を救うはずだったはずの勇者様が死んだそうよ。村ごと滅びたとか。世界が平和になるのも難しいんじゃないかしら」  街の女たちの会話は、とりとめもなく続いていく。だけど、その後の内容は頭に入ってこなかった。  無責任な発言に思わず唇を噛む。そうしていると、私より先にマーニャさんが怒りの声をあげた。 「なに言ってるの、この人たち……。ソロも、ナマエも、ふたりともちゃんと生きてるわよ。死んでなんかないわ!」  マーニャさんが怒ったことに、私は少し驚いた。まさか彼女が、怒ってくれるとは思っていなかったのだ。  困惑しながら、なんとなくソロの顔を伺うと――彼の顔には、怒りではない、何か別の感情が浮かんでいた。 「どうしたの、ソロ? 何か、気になることでもあるの?」 「……いや、なんでもない」  トルネコか、と彼は呟いた。ソロには何か、気になることでもあるのだろうか。  そんなソロに同調するように、ミネアさんも呟いた。 「もしかしたら――トルネコさんも、七つの光のひとつ、導かれし者のひとりかもしれませんね」  橋を開通した男。伝説の剣を探し、旅をしている男。その男が、導かれし者のひとり?  少し考えて、思った。もしかしたら、伝説の剣とは、勇者たるソロが持つべきものなのかもしれない。それならば、そのトルネコという男が導かれし者のひとりだということにも頷ける。 「……とりあえず、行くか」  今、ここで考えていても仕方がない。ソロの言葉に従って、各々が違うことを考えつつも、私たちは歩き出した。  その後、私たちはきっと、同じことを考えた。――次は一体、どこに向かうべきなのだろう。  次の目的地を探すため、聞き込みを続けていっても、なかなか有意義な情報は手に入らなかった。 「ミネア、やっぱりあんたが言ってた、西のサントハイムとやらに行くしかないんじゃないの。それ、デスピサロとか言うやつが……原因なんでしょ」 「でも姉さん、サントハイムのほこらは閉じられているのよ。とても行けないわ」  私たちは有意義な情報を仕入れるのを諦め、あてもなく出発しようかと本気で考え始めていた。  そんなときだった。なんとなく話しかけた老人が、喜々として教えてくれたことがあった。 「ブランカの東には、大きな砂漠があるそうじゃ。そして、砂漠の南の港町では、船まで売っていると言うぞ!」  またじいさんのたわごとが始まったと、老人の隣にいた青年はまともにとりあっていなかったが、それに対し姉妹は意外なほどに食いついた。 「へえ、船を売ってるほどの町なら、大きなカジノがありそうね。なんか、ワクワクしてきたわ!」  と、マーニャさんは目を輝かせる。 「カジノはともかく……これから先の旅で、私たちが自由に使える船が必要になってくるかもしれませんね。ただ、馬車がないかぎり、砂漠を越えることは難しいでしょうが……」  と、ミネアさんが慎重に考えを述べる。 「確かに、船があると行ける場所が多くなって良さそうだな。俺たちが探すべき仲間も、倒すべき敵を探すためにも、船は大事だと思う」  と、ソロが言う。 「でも、馬車がないと、砂漠を越えられないんじゃ……馬車ってどこにあるんだろう。そもそも、馬車を買うお金もないし」  そして私がこう言うと、皆黙り込んでしまった。だけど、次に行くべき場所は、東の砂漠を越えた先だと――きっと皆、直感的に理解していた。 「うーん、面倒くさいことはあとにして、とりあえず出発しましょう! 多分なんとかなるでしょ、ここにいたって仕方がないわ。もちろん、カジノができるならいつまでもここにいたいけれどね」  少しの沈黙の後に、マーニャさんは明るく言った。それに対し、ミネアさんは困ったように言う。 「姉さん、私たちにはもうお金がないってあれほど……!」 「もう、さすがのあたしもわかってるわよ、それくらい!」  姉妹は会話を繰り広げつつも、出発の準備を始めたようだ。武器を用意し、防具もしっかりと身体に身に着けている。  私も準備をしよう、と道具を整理しようとしたとき、不意にソロが私にそっと囁いた。 「ナマエ、教会に行かなくて良いのか?」 「え?」  彼は、姉妹に聞こえないように私にそっと囁いたのだろうが、彼との距離が意外なほど近くて、不意に息が止まる。見慣れたはずの端正な顔立ちが、緑の髪が、青い瞳が、すぐそこにあった。 「えっと、うーん」  ソロのことを見ていると、少しだけ頭が回らなくなって、一回目を逸らしてから考えてしまう。  そうだ。私は、魔物を初めて殺してしまったことを、神に告白しようとしていたが、結局タイミングが合わず、叶わなかったのだ。一度教会に行ってから、旅立ったほうが、私の気持ちには良いのかもしれない。  だけど。 「うん、今は大丈夫。それより、まずは先に進みたい」  まずは先に進みたかったし、今は私個人のことで迷惑をかけたくないと思った。だから私は、きっぱりと否定する。  私の言葉にソロは、そうか、と言って黙った。そしてその後、彼は前を向いて、敢然と宣言した。 「じゃあ、行くか」  ソロが言ったときに、ちょうど姉妹も準備が整ったようだ。彼女たちも、覚悟を決めた顔で頷いた。 「はい」 「ええ」 「ナマエも、大丈夫か?」 「うん、大丈夫だよ、ソロ」  この会話を皮切りに、私たちはエンドールから出発することにした。進む先は、東にあるブランカの、また東の砂漠だ。砂漠を無事に越えることができるかはまだわからないが、それでも私たちは、前に進まなければならなかった。  いつの間にやら、少し日が傾いてきている。日が完全に落ちてしまう前に、なるべく早く進まなければならないな、と思いながら、私たちは一歩を踏み出した。