「さて、ソロとナマエも仲間になったことだし、出発しましょうか」 マーニャさんが言うので、私は頷いた。初めてのカジノの空気は、見慣れないものばかりでとにかく新鮮だった。だけど、とにかく周りがうるさくて、話をするには向いていなかったから、早く出たかったのだ。 しかし、そんな私に対し、ソロは首を傾げていた。 「出発と言っても、次はどこに行ったらいいんだ?」 「……確かに」 そういえばそうだ。私たちは、勇者を探している姉妹がいると聞いて、ここ、エンドールにやってきた。だけど、そこからどうするべきかは、何も考えていなかった。 そんな私たちを見て、ミネアさんは少し考える素振りを見せた後、こう言った。 「……そうですね。出発する前に、街を見て回ったり、聞き込みをしたりしても良いかもしれません。ソロさん、ナマエさん、この街はもう回りましたか?」 「いいえ、まだ……」 「それなら一度、お城の方に行ってみるのはどうでしょう。今、お城では、素敵な結婚式が見られますわ。なんでも、コロシアムを結婚式場に作りかえたそうですよ」 ミネアさんは微笑んでこう言った。 「結婚式ねえ……。あたし、ここの結婚式は、ソロとナマエに会う前に飽きるほど見てるんだよね。この国のしきたりなのかなんなのか知らないけど、毎日やってるのよ。いつ終わるのかしら」 そして、マーニャさんは呆れたようにこう言った。 「とにかく、一度ここから出ましょうか。こんな所にいても、うるさくて会話が良く聞き取れないので。……姉さん、行くわよ」 「わ、わかってるわよ」 マーニャさんはカジノを名残惜しそうに眺めていたが、やがてミネアさんに引っ張られて歩き出した。余程、マーニャさんはカジノが好きなのだろう。 目の前を歩き出す姉妹を見ながら、私とソロは首を傾げて呟いた。 「結婚式を、毎日やっている?」 「コロシアムを、結婚式場に作りかえた……?」 ソロも私も、生まれてこの方、結婚式なんて見たことはない。そんな私たちは、ここで行われている結婚式がどういうものかいまいち想像できず、顔を見合わせた。 「ほら。ソロ、ナマエ、行くわよ」 私たちが無言で立ち止まっていると、少し前を歩いていたマーニャさんにこう言われてしまった。私たちは釈然としない気持ちのまま、彼女らについて行くことにしたのだった。 「私の方でも、ここで街の人の話は聞いていました。そして、ここで勇者さまと出会えなかったら、次にどこへ勇者さまを探しにいくかの検討はつけていました」 「ミネア、あんたそんなことまでしていたの? 占いをしてガッポリ儲けているだけかと思っていたわ」 「姉さん、人聞きの悪いことを言わないでちょうだい!」 お城に行く途中、姉妹はこのような会話を始めた。見慣れない風景に目を回しながらも、私たちは二人の会話に耳を傾ける。 「……全く、私が折角稼いでも、姉さんが全部カジノでスッてしまうというのに。……って、ええと、話が逸れてしまいましたね」 ミネアさんは一度ため息をつき、そして微笑む。 「私が勇者さまを見つけるために、検討をしていた場所について、ですが。次に何をすべきかの参考にはなると思います。職業柄、色々な人の話を聞くんですよ。それを踏まえて、占うことも多々あるんです」 「そうなんですか?」 私はミネアさんに聞いた。すると、彼女はまた微笑み、答える。 「ええ。いくつかあるのですが――まず、西のサントハイムという城から、人がいなくなったと聞きました。ただ、サントハイムへのほこらは閉じられているそうです。次に行くことはできません」 私は頷いて、サントハイム、という言葉を頭の中に叩き込んだ。もしかしたらその国も、勇者なら救えるのかもしれない。 ただ、当の勇者――ソロは、この会話を聞きながらも、ずっと無言のままで歩き続けるだけだった。 ミネアさんの次の一言を聞くまでは。 「あと、こうとも聞きました――その件については、デスピサロという男が怪しいと」 「……デスピサロ?」 ソロは、思わず、といった風に足を止めた。そして、言葉を飛び出させる。 彼の言葉に、ミネアさんは神妙な顔をして頷いた。それは、彼女もデスピサロに何らかの因縁があるのかもしれない、といった表情だった。 デスピサロ。 この言葉を聞いて思い出すのは、故郷の風景。私たちの故郷を滅ぼした、張本人の名前。あの日、宿に泊まっていた、男の姿―― 「……デスピサロは、他の国も滅ぼそうとしてるのか」 俺たちの故郷だけじゃなくて。 ソロは確かに、小さくこう呟いた。多分この言葉が聞こえていたのは、隣にいた私だけだと思う。 デスピサロのことを知っているのかと、私は姉妹に問おうとした。しかし、それは全く知らない第三者によって遮られてしまった。 「おや、デスピサロの話かい?」 私たちの話を聞いていたのか、急に町の老人が話に割り込んできたのだ。私は面食らいつつも、姉妹に問いかけるつもりだった言葉を、その男性に投げかけた。 「デスピサロについて、何か知ってるんですか?」 すると、男性は頷いて、言った。 「ああ。なんなら教えてやるよ――武術大会に出ていたデスピサロは、人間ではなくて、魔物だったらしい。しかも、武術大会の途中にいなくなったのは、武術大会より大事な用ができたから――だそうだ。もしかしたら聞いたことがあるかもしれないがね」 「……デスピサロが武術大会に出ていたということすら、知らなかったわ」 マーニャさんは険しい顔をして、呟いた。 「そうかい。ま、わしが知っているのはこんなところじゃ」 老人はため息をついて言った。そんな様子を見て、ソロは訝しげに聞く。 「……何故、それを俺たちに?」 「ああ。……実はな」 老人は表情を暗くした。そして、憎々しげに言う。 「デスピサロは武術大会に出ていた時、有名だった。圧倒的な強さ――何より、相手の息の根を止めるまで攻撃をやめない惨さ。わしの息子は武術大会に出て、あいつに当たって死んだ。殺された」 老人は息をついて、濁った瞳で見つめてきた。 「旅人さんなら、何か知っているかもしれない、と思ったんじゃ。色々な世界を回る、旅人さんなら――なあ。あんな恐ろしい魔物に、わしの息子は、どうして殺されなくてはならなかったんじゃ……」 何と声をかけるべきか、わからなかった。ただ、デスピサロの被害者はこの世に沢山いるのだろうと思うと、デスピサロへの憎しみが心身に溢れ出ることだけはわかった。 「……おじいさん。デスピサロが、何故そんなことをするのか――俺たちには答えられない。だけど――デスピサロは、俺たちが倒します」 ソロは、憎しみを堪えきれない、といった様子で言った。そして老人は、そんなソロの顔を見て、深く頭を下げた。 「旅人さん……そうか。あなた方がそうしてくれると言うなら――頼みましたぞ。わしの分の敵も、どうか討ってくれ」 そう言って、老人は姿を消した。 少しの間、沈黙が訪れた。 各々が考えていることは、きっと皆が同じようで、少し違う。 デスピサロへの憎しみか、それか――目の前の、仲間になったばかりの人物も、デスピサロに何らかの因縁があるのか、という疑問か。 「デスピサロを、知っているんですか」 沈黙に耐えきれなくて、私は姉妹に聞いた。しかし、ミネアさんは口を噤み、マーニャさんは別の疑問を私たちに投げかけるだけだった。 「……あんたたちこそ」 その言葉に、私たちは返事をすることができなかった。 運命的な、仲間との出会い。仲間になったばかりの、目の前の姉妹。しかし私は、目の前の姉妹に懐かしさのような、安心感のような不思議な感覚を覚えつつも――どこか、壁のようなものを感じていた。 先ほど、ソロと手を取る彼女らを見て、何か黒い気持ちが湧き上がった後なら、尚更。 「……行こう」 沈黙を振り絞るように、ソロは歩き出した。そして、それに私と姉妹は従う。だがそれは、会話の放棄を意味していた。 そして、私は思う。 どこかよそよそしい態度のミネアさんとも、気さくに話しかけてくれるマーニャさんとも――私たちは、打ち解けることができていない、と。