「なあナマエ。ひとつ聞いていいか」 「いいよ。どうしたの?」 「……西って、こっちでいいんだよな?」 広い世界を暫く歩いていたところでそう言われ、思わず立ち止まってしまう。ソロは、方角のことなんてわかった上で歩いているのかと思っていた。それだけ、彼の足には迷いがなかった。 「ちょっと待って。……えっと、今は朝で、太陽があっちにあるから……。うん。こっちで合ってる」 私が空を見上げ、少し考えてからそう頷くと、ソロは少し驚いたように目を見開いた。 「ナマエ、そんなこと出来たのか?」 「それより私は、ソロが方角も考えないで歩いていたことに驚きなんだけど」 「それは……まあいい。行くぞ」 ソロはそう言って、さっさと歩き出してしまった。私は彼の隣を歩くけれど、ソロは目を合わせてはくれない。もしかして、恥ずかしがっているのだろうか? なんだか、人知れず笑いがこみ上げてきた。ソロはそれに気づいていたのか否かわからないけれど、どんどん足を早めてしまった。私は慌てて、彼に遅れないよう早歩きをした。 緑が鮮やかな、空気のおいしい森を抜ける。空を見上げると青が広がっていて、風は涼しく、爽やかだ。 坂を駆け上がり、険しい山を登る。時々ソロに気遣われるけれど、平気だよ、と少し無理して登りきった。 山を抜けたかと思えば、今度はじめじめした地下の洞窟を歩き回る。空気は冷えていたけれど、地下の空気はどんよりしていて、少し息苦しい。ここには洞窟を作ったトルネコという男を讃えたり、心配したりする人たちがいた。 「この洞窟ができたのは最近みたいだね」 「ああ。このトンネルを作った人はすごい人なんだろうな。一度会ってみたいもんだ」 歩く、歩く、歩く。狭いトンネルを通り抜け、広い大地をひたすら歩き回る。終わりがないとすら形容できそうな、この広い世界。その世界の小さな村で育てられた、ちっぽけな私たち。そんな私たちは、復讐心で動いていた。だけど同時にその中にも、世界への憧れ、そして期待という感情が確かに存在していた。 ずっと、お互い言葉も交わさずに歩いていると、流石に足が疲れてくる。身体中が倦怠感に見舞われ、少し休みたくなってきた。だけど、そんなことを言ってもいられない。魔物に襲われるより先に、私は一刻も早くエンドールに着いてしまいたいと思っていた。 そんな頃、ようやく橋の向こうに、大きなお城が見えてきた。やっと休める、という安堵の気持ちと、少しの期待に心が震える。あれがきっと、エンドールなのだろう。 「ソロ、見て! エンドールは、ブランカよりも何倍も大きいみたい」 「ああ……。ブランカは俺達の村よりもずっと大きいと思っていたけど……。もしかしたらブランカが大きいんじゃなくて、俺達の村が小さすぎたのかもな」 「……そうかもね」 ブランカよりも何倍も大きいような大きいエンドールを見て、私たちはブランカを初めて見た時よりも唖然とする。私は世間知らずなんだな、と変に感慨深く思ってしまった。 「ねえソロ、早く行こうよ!」 「そうだな」 私はソロを置いて、ひと足早く橋を駆ける。とにかく、すぐに見知らぬ城の中に入ってしまいたかった。休みたい気持ちも勿論あったし、ワクワクする気持ちもあった。ソロは別に急いで追いかけては来ず、ただ私のことを呆れたように眺めながら歩いていた。 もうすぐ城に着く、魔物に一度も会わないでラッキーだったな、なんて思っていたけれど――そこまで現実は甘くないようだった。 「――痛ッ!?」 橋を渡っている途中、突然何かが視界に入ってきたと思ったら、その質量の塊に思い切り攻撃されたのだ。 「何!?」 「ナマエ! 後ろだ!」 ソロが少し遠くから駆けてくるのが見える。けどソロよりずっと近い位置にいるのは、大きなネズミみたいな魔物。その発達した大きな耳で、空を飛んでいる。そんな奴が一匹、私の方を目掛けて、確実に殺意を孕んだ目で飛びかかってきた。 「――このッ!」 この魔物は、もう一度私に向かって飛びかかってきた。間一髪で避けるけれど、冷や汗が流れ落ちる。――素早い。まともに食らえば、さらに負傷してしまうだろう。それは避けたいところだ。 「まだ一回も使ってないから不安だけど!」 私は聖なるナイフを取り出し、魔物に向かって振り上げた。魔物は素早く、ナイフを避けようとする。だけどそれより――自分でもにわかには信じられなかったけれど、私の方が明らかに早かった。 そして私は、その魔物の隙を突いてナイフで切りつけた。ネズミの姿をしたそれに傷口がぱっくり開いて、血が勢いよく吹き出た。生暖かい返り血が、私の顔に降り掛かった。 「クギャア――ッ!」 「……あ、ああ……」 怯んでいる魔物は、隙だらけだった。その隙にもう一撃喰らわせれば、確実に倒せる。確実に、殺すことができる。やるのは今しかなかった。だけど――血の匂いに、躊躇ってしまった。立ち竦んで、動けなくなってしまった。 そんな私の元に、ソロが追いついてきた。そして彼は躊躇なく、魔物をその手に持っていた銅の剣で叩き殺す。 ネズミの姿をした魔物は、既に絶命していた。 「……ナマエ、大丈夫か」 ソロは、何も言えていない私にそう聞く。これは私の傷のことを気遣うと同時に、私の精神のことを心配しているようにも思えた。もしかしたら、そう思いたかっただけかもしれないけれど。 「大丈夫。――大丈夫」 肺からなんとか空気を絞り出したけれど、凄く息苦しかった。血の匂いがまだ、鼻にこびり付いている。赤を見て故郷の惨事を思い出してしまい、どうしようもない吐き気に見舞われた。 「無茶はするなよ。……悪い。守ってやれなくて」 「大丈夫だって。ほら、もうすぐエンドールだよ。早く行こう」 ソロは少しの間私を見つめたままだったけれど、やがて歩き出した。そして私も、少しだけ彼に遅れて歩き出す。 何かと戦う覚悟はできていた。復讐する覚悟も、できていたつもりだった。だけど――何かを殺す覚悟は、できていなかったのかもしれない。ソロが昨日魔物を倒した時は、それらがあまりに謎の生命体すぎて、『殺す』という実感がわかなかったかもしれない。だけど今日倒したネズミのような魔物には、確かに血が通っていた。私に飛び散った返り血は、確かに生暖かった。彼らは確かに、生きていた。 「……ナマエ、本当に大丈夫か」 「大丈夫だって」 ソロが何度か心配してくれたけれど、私はそうやって誤魔化すしかなかった。 無事に、エンドールへと到着した。お城も城下町も、近くで見るとより大きい。そして何より、人々は明らかに、ブランカよりも賑わっていた。 だけど今の私は、それどころではなかった。ただ、魔物を切り裂いた感触が、今も手の中で蠢いていた。 「じゃあとりあえず宿屋に行って宿を取るか。それから情報収集だな」 「待って」 私が言うと、ソロは怪訝そうな顔を見せた。だけど私は、構わずにこう言う。 「教会でお祈りしておこうよ。なんというか……魔物を殺したことを、神様に告白しておきたいの」 「……そうか」 ソロは特に追求しなかった。そしてソロは、街を歩いていた人に教会の場所を聞いてくれている。そんな彼に感謝すると同時に、なんだか申し訳ない気分にさせられた。 そして私たちは、無言で教会に向かった。そんな中で私たちはお互い、何かを言いかけてやめる、ということを何度かしていた。でも、教会で一度神に祈れば、腹を割って話すことができるかもしれない。それを願いながら、重い足を動かし続けた。 だけど私たちは、教会でお祈りすることは叶わなかった。何故ならここで、私たちは運命に導かれた出会いを果たしたからだ。それは、世界の明暗を分けるほどの大きな意義のある出会いだったし、私の気持ちが少し変化する、世界規模で考えればとても小さな出会いでもあった。 「占いはいかがですか? ひとり10Gで、あなたたちの未来を見て差し上げましょう」 教会の近くに立っていた、紫の美しい髪を揺らめかせる褐色の肌の女性は、どこまでも澄んだ水晶玉を手に持ち、どこか神秘的に微笑んで、私たちのことを見つめていた。