ぼーっと川の流れを眺めていると、地下室から出てくる幼馴染みの姿が見えた。緑色の髪の毛は相変わらず綺麗で、真っ直ぐな碧の瞳に射ぬかれる。私はその精悍な顔つきと鍛えられた身体を見るたび、緊張してしまうのだ。 「あれ? ソロ。剣の稽古、終わったの?」 ああ、と疲れたように私の幼馴染みは吐き出す。 「今日の稽古は少しキツかった」 「ソロ、最近頑張ってるもんねえ」 私がそう言って笑うと、ソロもつられて笑った。そしてソロは首をかしげて言う。 「でも、なんで俺ばっかりこんなキツい稽古を受けてるんだろうな。いや、別に文句を言うわけじゃないんだが。俺ももう子供じゃないし、鍛えてくれることには感謝してるんだけど……昔から、少し気になってて」 不思議そうに言うソロに、私は言葉を詰まらせる。――私は知っている。ソロが勇者であって、世界を救う力を秘めていること……。 でも、それをソロに伝えるわけにはいかない。まだ早すぎる。どう返事をしたか迷ったところで、 「勇者さま、勇者さま……」 か細い声が、どこからか聞こえてきた。 「……勇者?」 ソロは怪訝そうな顔をしてこちらを見てくる。私は慌てて首を振った。 「ううん、私じゃない、私じゃないよ!? どこから聞こえてくるんだろうね……?」 この言葉は本心だ。――勇者。その言葉を使って、ソロのことを呼ぶのは一体だあれ? 一瞬魔物かとも思って警戒したが、魔物が『勇者さま』なんて呼ぶはずがないのでそれは除外する。 「勇者さま、どうか助けて……」 その声はまた聞こえてきた。どうしよう、とソロと顔を見合わせる。ソロのことを勇者と呼ぶのは何故か、と考えるのは一旦置いておくことにした。――誰かが助けを求めている。 ソロと一緒に辺りを見回していると……、ピョコン! 橋の上で、何かが私たちの前に飛び出してきた。 「わあ! 何これ!?」 「あ! 驚かないで……。私はカエルではありません」 いや、どうみてもカエルでしょ! と思い、思わずソロの顔を伺う。私ほど露骨に驚いてはいないが、困惑した表情をしている。そりゃそうだ、大きなカエルが喋ったんだもん。 「あ! 今、どうみてもカエルだって思いましたね?」 心を見透かされたようで、ギクリとする。いやいや、だってどうみてもカエルでしょ。 「そうだな」 ソロは肯定する。私ほど驚いていないから、声もいたって冷静だ。すごいな。 「あなたたちは正直ですね。その正直さを見込んで、お願いがあります。もう察しているとは思いますが、実は私はある国の姫でした」 いやいや、全然察していなかったよ。てかこの辺りに国なんてあったかなぁ……ブランカにお姫様なんていたっけ? いたかもしれない。 「しかし、悪い魔法使いにのろいをかけられてこのような姿になってしまったのです。まあ、なってしまったのは仕方がないし、カエルも思ったほど悪くはありません」 このお姫様、随分のんきすぎではないか? と考えていると、悪くはないのか……とソロは呟いていた。いやいやいや、ソロ、もしかしてちょっと羨ましがってない!? 「そんなわけで毎日のんきに暮らしていたのですが……。困ったことがあります。それは……」 のんきなお姫様は、そこで口を閉ざした。どうしたのだろう? 困ったことって? 「それは…………」 口ごもるお姫様。こちらから声をかけてみようか? とソロと顔を見合わせたところで、急にお姫様は走り出した。 「…………あ! いけない、誰か来るわ!」 え? と後ろを振り返ってみるが、特に誰がいるわけでもない。キョロキョロしてると、おい、追いかけるぞ、とソロが走り出した。どうやらお姫様は地下室に向かっていったらしい。私も慌てて追いかけた。 地下室に入っていく。少しものがあるので、あまりドタバタするわけにもいかない。物を壊してしまったら大変だ。 「あ、ソロ。それにナマエも。剣の稽古、もう終わったみたいね」 地下室の奥にいたのは……さっきまではいなかったはずの、もう一人の幼馴染みの姿。桃色の髪。白く清楚な服装に身を包み、肌の色も白い。そして、何より目をひく、人間離れした美しい顔立ちと、尖った耳……。シンシアだ。 「なあシンシア、大きなカエルを見なかったか?」 「ん? どうかしたの? え? 大きなカエル? なんのことかしら……。私はずっとここにいたけど、カエルなんて見な……見、見なか……」 シンシアが考える素振りを見せる。声が震えている、どうしたのだろう? 「シンシア、どうしたの? 大丈夫?」 シンシアは神妙な顔をして黙りこんだと思ったら、急に吹き出した。 「うぷ! あはははは、あはははは……もうダメ! ソロとナマエが見たのは、このカエルでしょう」 私たちが驚く暇もなく、シンシアは呪文を詠唱した。この呪文は……、モシャス? そしてシンシアは、さっき私たちが見た大きなカエルに変身した。 「おい、それ……」 ソロが目を丸くしてシンシアを見ている。私もそうだ。いつの間に、こんな呪文を覚えていたなんて……。モシャスは、かなり高度な呪文であるのに。 「のんきに暮らしていたのですが、困ったことがあります。それは……。って、ごめんなさい。実はそれ以上思い浮かばなかったの。もう少しちゃんと、先の話まで考えてから、やればよかったんだけど。ソロとナマエにはやく見せたかったのね」 シンシアは肩をすくめて言う。その様子がかわいらしくて、私はイタズラされてもすぐ許してしまうのだ。多分ソロも同じだろう。 「びっくりしたでしょ! わたし、いろんなものに姿を変えられる、モシャスの呪文を覚えたのよ!」 シンシアは自慢気だ。楽しそうな笑顔を私たちに見せる。 「ほんと、すごいね、シンシア! 私も頑張らなきゃ」 「……すげえな。騙されたよ」 私とソロが言うと、シンシアはえへへ、と満足そうに笑った。そしてもう一度モシャスを唱え、ウサギに変身する。 「じゃあ、私行くわ!」 シンシアは私たちを残して、出口に向かっていった。そこで、振り返って言う。 「あ! そうそう、ソロのお母さんが呼んでたわよ。もう夕食だって。じゃあソロ、ナマエ、また明日ね!」 シンシアはそう言って、帰った。残された私たちは言う。 「……まんまと騙されたわね」 「……そうだな。本当にお姫様がのろいをかけられて俺たちに助けを求めに来たかと思った」 「『勇者さま』に?」 からかうようにソロに聞いてみると、彼はばつが悪そうにそっぽを向いた。勇者になりきった自分を恥じているようにも見える。――本当に、ソロは勇者なんだけれど。それをわざとネタにできるシンシアはすごいなあ、と感心してしまった。 これが、私たち。シンシアにいつもからかわれ、そしてお互い笑いあう、どこにでもいるような、平和な三人組。 「じゃあ、私も先に帰るわね。ソロ、また明日」 「……おう」 普通ならソロと二人で帰るところだけれど、私はそうするのをやめた。シンシアに聞きたいことがあるのだ。 この『モシャス』はもちろん自分が趣味で習得したものではあるまい。――それが意味するのは、……まさか。 私はシンシアの元に走った。もしかしたら、……私が恐れている日が来るのも、もうすぐなのかもしれない。