深緑

「髪、切ってくれないか」  次に行く街の道中の休憩中。勇者に突然こう言われたので、私は面食らった。 「いいけど、私そんなに手先器用じゃないし、他人の髪なんて切ったことないよ?」 「……別にそれでも良い」  長い緑の髪が揺れた。精悍な瞳に貫かれ、どぎまぎしてしまう。  利害が一致して以来、私は勇者一行として旅をしている。だけど実際、勇者のことは、少し苦手だ。  私に対して心を開いているのか、それとも閉ざしているのか、なんとなく掴めないから。こうやって、私に頼る素振りを見せることがあっても、私に感情を見せることは無い。いつも、勇者の表情は固まっているのだ。 「ええっと、馬車にハサミあったかな。クシって自分のもの使ってる?」 「特に……。そういえば旅をして以来、髪をとくことなんてなかったな」 「それでそんなにサラサラなの? 羨ましいな。……クシ、私が使ってるものでも良い?」 「別に構わない」  勇者が頷いたのを確認して、私は馬車に戻った。そして、ハサミを見つけ(マーニャのものらしい。有難く貸してもらうことにした)、自分のクシを取り出し、勇者のもとに戻った。  座っている勇者の後ろに回る。今からこの人の髪を切る、ということを考えると少し緊張した。 「じゃあ、髪、切るね。どれくらい切るの?」 「軽くなれば何でも良い」  どうでも良さそうに、彼は言った。だからと言って、人の髪をあまり適当に切るわけにもいかない。今の髪型を崩すことなく、いくらかばっさり切る、という加減だろうか。どう考えても、素人には難しいと思う。 「そっか。じゃあ、とりあえず髪をとかすね。良い?」 「ああ」  彼の髪に触れた。少し癖はあるものの、やはり滑らかな感覚がある。  本当にこんなに綺麗な髪を私が切っても良いのか? 戸惑いながらも、私は彼の髪をとかした。  髪をとかす習慣はない、と言っていたとは思えないくらい、あっさりとクシは彼の髪を通る。勇者は目を閉じ、どことなく心地良さげに見えた。 「いつもは髪、どうしてたの?」 「……シンシアに切ってもらっていた。村に居る時は、自分で髪をとかすこともあったんだがな」 「そっか……」  シンシア。彼の幼馴染の名だという。髪を切ってもらっている間、勇者と彼女はどんな会話をしていたのだろう。  そんなこと、わかるはずもなかった。 「切るね」  一通り髪をとかしたので、少しずつ、髪にハサミを入れた。勇者は相変わらず、目を閉じなすがままだ。  緑色の髪が少しずつ、ぱらりと地面に落ちて、草原の葉と同化していった。綺麗な髪が短くなっていくのは、なんだか勿体ない気がした。 「伸ばしてみても良いんじゃない、あなたの髪、すごく綺麗なのに」 「邪魔だし、伸ばしたくなんてないな。今のままが丁度良い」  思わず飛び出た言葉も、勇者にあっさり切られる。それもそうか、女ならともかく、男で長い髪は戦闘に邪魔か、と苦笑する。 「……それでもさ、やっぱり勿体ないよ」  手を動かしながらも、諦めきれなくて私は言う。緑の髪は、どんどん落ちる。 「ほら、貴方の髪って、緑色ですごく綺麗だし……。それにほら、勇者の髪って、伸ばして切って売ったら高く売れそうだよね。なんか魔力ありそうだし」 「案外俗っぽいんだな」  私の冗談に対し、勇者は呆れたように笑っ――え?  今、この人、笑った? 「それにさ、おまえ、俺の髪がキレイだのなんだの言うけど」  勇者は、あくまで一本調子に言った。そしてそのまま、言葉を続ける。 「おまえの髪の方が、よっぽど綺麗だと思うんだけど」  え。手の動きが思わず止まった。今この人、なんて言った?  動揺を悟られぬよう、もう一度手を動かす。だけど切るべき長い髪はもうなくなっていて、大体が短く揃えられていた。何と声をかければ良いのかわからず、私は少しの間、立ち尽くしていた。 「ん、終わったか」 「うん、まあ……」  勇者は立ち上がり、私の方を振り向いた。初めて他人の髪を切ったにしては、まあまあ良い出来だと思う。少なくとも、変な事故にはなっていない。 「そうか。良い感じに短くなってるな」  勇者は、満足そうに自分の髪を触った。そして勇者は、確かに微笑んだ。 「ありがとな」  勇者に礼を言われ、思わず口ごもる。勇者は踵を返し、馬車の方へ戻って行くので、私は慌ててこう言うしかなかった。 「どう、いたしまして」  だけど、私の頭は、別のことを考えていた。――勇者が今まで、あんな顔を私に見せたことはあっただろうか?  考えても、答えは出ない。ただ、自身の顔が赤くなっているような気がして、そして――  いけない、と私は頭を振った。そして、勇者たちがいる馬車の方へと戻る。  少しだけ、彼のことを掴めたような。そんな気がした。

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