世界が見た者

 気に入らなかった。あの女のことが。最初から、気に入らなかった。  今日から我が家に仕える使用人が一人増える。ジョースター卿にそう言われても、全く興味が湧かなかった。同い年だろうとなんだろうとどうでもいい。ジョースター邸に既に仕えている優秀な使用人たちの足を引っ張るような使えない女だったらクビにしてやろうかと、そう思っていたくらいだ。  顔合わせの日、「今日からわたしたちの家族だ」なんて言いながらその女のことを紹介したジョースター卿に、綺麗事を言いやがって、と内心吐き捨てた。  どこまで行っても使用人は使用人だ。主人と使用人が家族になることなんて、天と地がひっくり返ってもそうなる日はないだろう。  最もおれは、ジョースターたちを家族だなんて思ったことはこれっぽっちもなかったわけだが。  適当に笑顔を振りまいておこうと、そう思っていた。この七年、最初にジョジョのやつを貶めようとしていた頃のことを除けば、おれはいつも愛想よく振る舞っていた。だからジョジョ以外の人間が、マヌケ共が、おれのことを疑うことなんてなかった。  おれはいくらだって、魅力的になれる。年が近い愚かな女が相手なら、尚更。  そのはずなのに、何故だ。  その女は、おれを見た瞬間に、固まった。表情を引きつらせていた。  それは――確かに、おれを恐怖している人間の表情だった。  お世辞にも、使用人としての所作が洗練されているとは言えない女だった。  おそらく、貴族に仕える使用人として育てられたわけではないのだろう。お人好しのジョースター卿が拾ってきただけの女だ、そんなものを期待する方が阿呆だというものだが。  とはいえ、その女の表情には引っかかるものがあった。その表情を向けられたのは、あまりに久方ぶりであった。  おれのことを恐怖する人間など。  おれの被った仮面を見破る人間など。  その女のくだらない猜疑心が、万が一、おれの計画の障害となったらどうする?  おれはその女を懐柔する方向に決めた。  結局あの女は、おれの計画には何も関わってこなかった。一度だけ、おれの計画を邪魔したことはあったが――おれの計画を頓挫させたのは、ジョジョのやつだった。  おれのことを知っている人間を全員殺し、そして、おれは生物の頂点に立つ。そのつもりだった。それには失敗したが、……それに関してはまあいい。  問題は、おれが、あの女を殺さなかったことだ。  殺しそびれたわけでも、殺せなかったわけでもない。  殺さなかったのだ。  おれはいつでも、あの女に苛立っていた。殺すという方法で彼女への怒りを晴らすのは簡単だ、だが、それが何になる? おれがあの女を、あんなたった一人の女を思い通りにできないと、そう証明してしまうだけでないか?  ならば。あの女がおれに恐怖すると言うのなら、いいだろう、おれの恐怖に屈させてやろう。そう思い、あのジョースター邸の火事のとき、あえてあの女を放置した。  そうして、おれはあの女を支配しようとした。  だというのに。  あの女がおれの思い通りになったことなど、一度もなかった。  ああ、一度もだ。一度も。このディオが! あんなちっぽけな女ひとりに執着し、何より、あの女を一度も支配できなかったなど!  おれの前で震える女を見て、満足感を覚えながら、永遠を仕えないかと言った。  その瞬間、彼女は冷静になった。  永遠のことも、あくまで冷静に跳ね除けた。  それだけでなくあの女は、このディオへ仕える理由を、主人が一人で傷付くことが嫌だ、などと抜かしたのだ。  あいつがおれに同情しているだと? おれのことを一人にしないなどと、巫山戯たようなことを本気で言っているのか?  侮辱だ。使用人風情が、主人を侮辱するなど、そんなことが許されるとでも思っているのか!?  使用人として仕えさせ、そのちっぽけなプライドをへし折ってやろうと、そう思った。彼女の唯一持つ、使用人としての生き方を。  ああ、認めざるを得ない。あの頃のわたしは頑なになっていた。  冷静に考えれば、あんな女ひとりがなんだと言うのだ。戦う力のない、ただの使用人。彼女は苛立つ存在ではあったが、わたしの障害になったことは一度もない。百年前の彼女は結局、最後までちっぽけな女だったのだ。  彼女はおれに心を向けるような素振りを見せた。  それでも、あの女はそれを認めようとはしなかった。いつでもあいつは、使用人としての自分の感情を優先した。  使用人としてのあいつは、あのジョースター卿を優先しているということになる。  あの女はわたしのためにあの館に縛られながら生きて死んだ。  許せなかった。使用人としての生に縛られ続ける女が。  わたしのことを一度も見なかった女が。  それを覆してやろうと、蘇らせたが――失敗だった。  あの女はわたしを一番と見ることはなかった。最後まで。  わたしの首を切り落とす日まで。  取り返しが付かなくなってから初めて、彼女はおれのことを見た。  愛などという言葉を、口に出した。  ああ全く、百年経っても、あの女はわたしにとって最も気に入らない女だった――

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